医療産業の海外戦略コンサルティング企業  ㈱ボーラボ

お気軽にお問い合わせください お問い合わせ 海外医療の求人・就職
海外の病院などをご紹介、まずはご登録ください。
求人フォーム

海外医療機関などご紹介
まずはご登録ください。

求人登録フォーム

ニュース

ニュース: タイ・バンコクの欧米型病院”経営”と日本の医療


2013-05-31

私たちは、病気になったらどの病院にかかるかを考える。書店に行くと、「よい病院」を調べたランキング本が並んでいる。日本では、病気は病院で治すものだ。

 「なにを当たり前のことを」と思うかもしれないが、海外では、患者は病院ではなく医師を選ぶ。

 私は医療の専門家ではなく、これまで外国の病院を見学したのはニューヨークの大病院のER(救急救命室)と、最先端の精神病院(1泊あたりのコストがウォルドルフ=アストリアホテルより高い)だけだった。

 今回、バンコクのサミティヴェート病院を訪れる機会があって、ようやく欧米型の医療制度がどういうものか理解できた。

アジアのメディカルツーリズム

 先進国の観光客がアジアや中南米など物価の安い国で余暇を過ごすように、メディカルツーリズム(医療観光)は、安価な医療や(生体移植など)母国では不可能な治療を求めて患者が海外に渡ることをいう。最先端の高度な治療を受けられるのがアメリカであることは間違いないが、当然、医療費もおそろしく高くなるから、メディアルツーリズムというと、インドやシンガポール、メキシコなどが挙げられることが多い。

 こうした国々の病院は、アメリカで医学を学び、手術・治療の経験を積んだ医師を揃えている。彼らが帰国したのは、アメリカで「その他大勢」の医師の1人となるよりも、母国で「特別な専門家」として遇された方がずっといいからだ。患者にとっては、アメリカと同じ水準の医療をずっと安く(ずっと快適に)受けられることになる。

 国際的な大学ランキングでは東大ですら二流になってしまうのはよく知られているが、国際的な病院ランキングでは日本の有名病院の多くは最下位にすら入れない。そもそも評価される資格がないからだ。

 米国のジョイント・コミッション・インターナショナル(JCI)は病院の質を保証する国際的な認証機関で、医療分野で世界で認められるためには「JCI認証」が最低条件になる。ところがこの認証を受けた病院は、2011年まで、日本では亀田総合病院(千葉県鴨川市)しかなかった(2012年以降、聖路加国際病院、NTT病院など6病院が取得)。

 その一方、アジアのメディカルツーリズムの先頭を走るシンガポールでは、国立大学病院(2004年取得)をはじめとして22病院がJCI認証を受けている。医療ビジネスでシンガポールを追走するのがタイで、こちらは最大手のバンコク病院を筆頭に、現在、JCI認証施設が26病院ある。

 何年か前に、中国などの富裕層を日本の病院に迎え入れるメディカルツーリズムが厚生労働省や経済産業省によって提案されたが、このとき日本にはJCI認証病院がほとんどなかった。ところが中国には、JCI認証を受けた病院が30施設ちかくあり、なかでも北京郊外の燕達国際健康城は50万平米の敷地に3000床を擁するメガ病院で、日本の駐在員や富裕層の患者のために日本語サービスも提供している。

 日本の医療が内に引きこもっているあいだに、彼我の立場はすっかり逆転してしまった。“世界基準”の医療を提供するこれらの病院と比べれば、日本は明らかに「医療後進国」なのだ。

 

高級ホテル並みのサービス

 タイ最大の病院グループはバンコク・ドゥシット・メディカル・サービシーズで、1969年の創業以来、バンコク病院を中心に富裕層向けに高度な医療を提供し、積極的なM&Aで業容を拡大してきた。1991年にはタイ証券取引所に株式を上場し、いまでは東南アジアを代表する企業のひとつになっている。今回訪れたサミティヴェート病院もその傘下で、バンコクでも日本人の多いスクンヴィット地区にあることから、駐在員やその家族など日本人の利用が多いことで知られている。

 タイではまだ医療保険制度が整備されておらず、私立病院で治療を受けられるのは限られた富裕層と外国人だけだ。バンコクでは、バンコク病院、サミティヴェート病院、バムルンラード病院が3大病院とされているが、いずれも日本人専用の受付や日本語通訳を揃えている。サミティヴェート病院の場合、年間約60万人の患者のうち40%が外国人で、日本人はその半分(全体の20%)だ。

サミティベート病院外観。日本人の多く住むスクンヴィット地区にある

 サミティヴェート病院の日本人部門を任されている取締役の松尾高人さんはずっとホテル業界で仕事をしていて、シャングリ・ラやヒルトンなどを経て前職はクアラルンプールのマンダリン・オリエンタルホテルのマネージャーだった。いきなりヘッドハンターから電話がかかってきて、「病院の仕事に興味はあるか?」と訊かれた時は、間違い電話だと思ったという。

 だが病院を訪れてみると、なぜ自分に声がかかったのかすぐにわかった。サミティヴェート病院は富裕層の患者だけを顧客にしているから、そのサービスも5つ星ホテルに匹敵する最高級のものでなければならないのだ。

 実際、サミティヴェート病院を訪れると日本の病院との違いに愕然とする。

 タクシーを降りると、ドアマンがすかさず駆け寄って女性に日傘を差しかける。ドアを開ければホテルのロビーのようなゆったりとしたソファが並び、地階には洒落たコーヒーショップやベーカリーがある。

車から女性が降りるとすかさずドアマンが日傘を差しかける

 もっとも、患者がこうした共有スペースに長く留まることはない。診察は完全予約制なので、病院に着いたら担当の医師のところに行き、診察と精算が終わればさっさと帰ってしまう。

 「日本では病院の待合室で何時間も待たされるのが当たり前ですが、こちらでは、病院というのはさまざまな感染症の危険のある場所だというのが常識です」と、松尾さんはいう。「だから、完全予約制でできるだけ病院内での患者さんの滞在時間を短くする。それでもどうしても病院にいなければならない時は、できるだけ快適に過ごしてもらおうということです」

病院内のカフェ

 病室は当然、全室個室で、応接を併設したスイートもある。家族が付き添えるようベッドを入れることもできるし、最近は忙しいビジネスマンのために寝ながらパソコンを操作できるようにしているという。

 

ベッドに寝ながらパソコンを操作できるようにした病室

 「同じ理由で、手術後もできるだけ短期で退院していただくようにしています。理想は日帰りの手術ですが、それが無理な場合は、次善の策として、快適な個室を用意しています」

 感染症のリスクを考えれば相部屋など考えられないというのが、高度医療の常識なのだ。

 

勤務医が自営業者とて病院と契約

 日本の医療との違いはサービス面だけではない。

 日本では、勤務医は病院に所属するサラリーマンだ。それに対してサミティヴェートでは、医師は自営業者(専門職)として病院と契約を結ぶ。

 病院は医師に対して、手術室や病室などの治療インフラと、治療費の精算などの事務サービスを提供する。医師は自らの力量で患者を集め、ドクターフィー(診療報酬)を請求し、その一部を“家賃”として病院に支払うのだ。

 医師は自分のドクターフィーを自由に決められるから、実力さえあれば青天井の収入が約束されており、裕福な患者に最高の設備とサービスを提供できる病院と契約しようと考える。病院としても、自らの名声で患者を集められる医師をさまざまな便宜を図って確保しようとする一方で、「売上」が目標に達しない医師は翌年の契約を解除してしまう。タイの医師免許を外国人が取得するのは難しいから国際レベルでの自由競争が行なわれているわけではないが、それでも日本の医療制度とはまるで違う。

 高級な私立病院には相応の実績のある医師が集まることになるが、ドクターフィーが能力の基準というわけでもない。

 「高額の診療費を請求する医者もいれば、腕がいいのに良心的なドクターフィーしか請求しない医者もいます。なかには大学病院と掛け持ちで、“サミティヴェートだとお金がかかるから次からは大学に来なさい”とアドバイスする医者もいます。病院経営的にはドクターフィーは高ければ高いほどいいのですが、だからといって、カネがすべて、というわけでもありません」(松尾さん)

 もっとも、駐在員をはじめとして、日本人の患者のほとんどは海外旅行保険に加入している。これなら自腹での支払いはほとんどないのだから、最高の治療を受け、最高級の個室で療養するのがいちばんだ。現状では、メディカルツーリズムは保険を前提に成立している。

 保険が使えない患者は、高額なドクターフィーのほかに、1日8000バーツ(約2万8000円)~1万バーツ(約3万4000円)の個室料金も自己負担しなければならない。タイの平均的な所得ではとてもこんな金額は払えないから、外国人の患者(保険)で利益をあげて、それを一般のタイ人に還元しているともいえそうだ。

 病院は厳密な評価に基づいて医師を選抜しているが、それでも患者の満足度は同じではない。スタッフは当然、医者の評判を知っているので、日本人相談窓口では専門に応じて医師選びのアドバイスをしてくれる。診察の際にも日本語の通訳がつくから、言葉の問題で困ることはない。

 病院が“大家”になって自営業者の医師と契約する仕組みは、サミティヴェートだけでなく、タイの私立病院はどこも同じだ。もちろん大元はアメリカの医療制度で、これが“グローバルスタンダード”なのだから、いちど体験しておくとシンガポールやインドなど他の国の病院でも戸惑うことはないだろう。

スイートの病室(バンコク病院)

 サミティヴェートの松尾さんのところには、日本の医療関係者の見学が引きもきらない。

 日本の医療は、「国民皆保険」の代償として、がんじがらめの規制で自由なビジネスができなくなっている。それに対して、自らの才覚で医療を事業化し、株式を上場させたうえで、高度な医療サービスとビジネスを両立させている現実を目の当たりにして、みんな大きなショックを受けるという。

 日本からアメリカに渡って最先端の医療を身につけた医師は、自由診療がきびしく制限された日本の病院でサラリーマン生活をする気にはならず、ほとんど戻ってはこない。これは医師の既得権を守る仕組みでもあるが、その間に日本の医療は世界水準からすっかり遅れてしまった。医師会の重鎮が日本の医療を信用せず、自らの手術のために渡米するという笑えない話はいくらでもある。

 バンコクの病院で“世界”に触れ、未来の夢をさんざん語り合った後、毎回のように、「やっぱり日本では無理ですよね」との自嘲で会話は終わる。こうして、ガラパゴス化した日本の医療はいつまでも続くことになるのだ。

 

ダイヤモンド・オンライン  2013年5月30日

http://diamond.jp/articles/-/36778?page=3