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ニュース:「医療・介護」という成長分野のカギとなる「二兎戦略」


2013-12-16

 あちらを立てれば、こちらが立たないという二律背反の状況には、日々のビジネスの場で、案外頻繁にお目にかかる。製品の機能と品質を極めていくと、コストが上がり、競争力のある価格で提供できなくなる、研究開発スタッフの専門性を高めていくと、専門領域間の隙間に落ちるテーマがかえって増えてしまう、といった話だ。

 しかし、本当に大きな価値を生む戦略は、二律背反を越えて、二兎を追うことに成功しているケースが多い。

 部品メーカーの納入価格をたたくだけでなく、彼らの生産性向上を支援して、バリューチェーン全体の生産性向上と最終製品の競争力向上に成功してきた日本の自動車メーカー。

 あるいは、手作りの要素が強かった時計産業に、クオーツというイノベーションを持ち込み、正確性という品質と大幅なコストダウン、そして規模産業化を成し遂げた過去の日本の時計メーカー。

 どちらも、ハイエンドブランド領域でのシェアアップに苦労してはいるものの、一世を風靡した戦略であることは間違いない。

「医療・介護」は成長が見込める数少ない市場

 この「二兎を追う」戦略、これからの日本の医療・介護分野に最も必要なことではないかと考えている。ビッグデータ時代のデータ蓄積・活用を通じて、二兎を追う。これが、医療・介護分野の生産性を上げ、ひいては雇用と賃金の増加をもたらすカギである。

 言うまでもなく、高齢化の進展と医療の高度化が組み合わさって、日本の医療費は増加し続けている。介護も対象者の増加が続き、需要増の継続が見込まれている。団塊の世代の方々が、60代後半に差し掛かり、今後10年程度は医療需要が大幅に増加し、その後10年程度は介護需要がピークになるという見方も根強い。

 別の角度から見れば、人口減傾向にある日本の中で、これらの領域は中期的に成長が見込まれる数少ない市場だとも言えよう。

 医療・介護分野については、社会保障費の増加を食い止めるという制度論からの議論が盛んに行われている。もちろん、これは国としての最重要論点の1つだが、産業論・経営論から見ると、医療・福祉サービス提供の現場をより良くしていく、という視点が不足しがちだ。

 ビジネスの場に身を置く立場からすると、ここにこそ、成長戦略につながる大きなチャンスが存在すると思えてならない。

 医療費は、現在でも38兆円を超える。これは、国内だけの数字であり、医療・介護の社会システムを構築中であるアジア諸国をはじめとした新興国の市場を含めれば、今後の市場成長は膨大だ。

 以前にも書いたが、日本のGDP(国内総生産)の4分の3は、サービス産業。この中でも、雇用者数500万人を有する医療・介護分野の生産性アップが、日本の成長戦略の重要な課題であることは、間違いない。

医療・介護分野で追う「二兎」の中身

 さて、医療・介護分野で「二兎を追う」、とは何か。それは、「経営の品質」と「サービスの品質」の両方を追うことであり、「産業化、経営力強化」と「プロフェッショナルによる高い技術の提供」を両立させることである。

 国民皆保険制度の下、価格決定をはじめ、大部分が計画経済システムで運営されている医療サービス。同様に、介護認定を軸に、(医療よりは民間の自由度が高いものの)介護保険という計画経済システムの影響が非常に大きい介護サービス。

 どちらも、国民に広く、安定的なサービスを供給するという視点から組み立てられた、なかなかの仕組みである。修正すべき改善点はいろいろあるが、大きく言えば、世界的に見ても悪くないシステムであり、我々日本人はそのメリットを享受してきたといえよう。

 ただ、計画経済型の弱みは、収益を確保するための工夫・努力が不足しがちであり、競争を通じて、より生産性の高いサービス提供者がシェアを拡大していくというメカニズムが働かない点にある。この視点から、医療への株式会社参入や混合診療の解禁といった規制緩和議論がなされてきているわけだ。

 私自身も、計画経済システムに一定の競争原理と自由経済的要素を導入することには賛成だ。特に、優良な事業者が規模を拡大しやすくするという方向へのかじ取りが、大変重要だと思う。

 国民皆保険制度や世界でもまだ例の少ない介護保険。これらの制度の大枠は維持すべきだと信じているが、その範囲の中でも、できることは相当ある。

 例えば世界の大手病院チェーンを調べたデータを見ると、日本には、世界で第4位、7位、11位の病院チェーンが存在する。日本赤十字、国立病院機構、済生会、などの病院群である。

 国立病院機構の独立法人化など、経営力強化に向けて少しずつ変化は起こっているが、物品の共同調達、グループ内病院でのベストプラクティス共有といった、ビジネスの世界でのグループ経営では当然とされるようなことも、まだ手がついていない病院チェーンが多いようである。

 米国では、有力な大学病院を学校から切り離し、地域での民間医療保険の中核として周辺の病院・診療所と経営を一本化することで、年間の収入が1兆円に達するようなメガホスピタルグループが続々と生まれている。

 手術症例の蓄積、あるいは、新薬の治験の集中実施といった医療自体のイノベーション促進にも、これらのメガホスピタルグループの存在が大きなプラス要因となっているし、何より、この単位で合理的な「経営」を促進する例が数多い。結果的に、日本と比べて、医療イノベーション、経営効率の両面で先を行くようになっているのだ。

 ここに挙げたような全国各地に施設を持つ病院のグループ経営強化だけではなく、地域ごとに大学病院、県立病院、市立病院などが実質一体経営を行う、あるいは、優良な私立の病院グループが周辺の病院を合併統合して規模を拡大する、といったことも、もっと行われるべきだと考える。

経営重視がサービス低下につながることを防ぐ

 一方で、こういった病院の産業化、グループ経営強化を進めていく際に、単純な「利潤追求原則」だけが独り歩きすることがないように、何らかの手当てをすることも必要だ。経営重視が、医療サービスの品質低下になる、という二律背反を防ぐ施策ということである。

 医療・介護両分野とも、サービスを受ける患者・要介護者の側は、サービスを提供する側である病院・医師や介護事業者・介護サービス者と比べて、圧倒的に不利な立場にある。

 まずは、情報格差。プロが持つ情報量・経験の蓄積が、受ける側にはなく、提供されるサービスの善し悪しを客観的には判断する術がない。

 さらに、病気や介護に苦しむ立場からすると、その悩みを少しでも和らげてくれる人たちを、自然と自分より上位の立場に位置付けがちだ。日本社会では、医師を中心とした「先生」に対する社会的尊敬もあり、この「心理的立場」の違いは増幅されやすい。

 狭義の人的サービスについては、ある程度意見できるし、ネットを通じた情報入手、セカンドオピニオンなど、少しずつ改善の方向にはあるが、基本的には、サービス提供側に「お任せ」せざるを得ないのが普通だろう。

 こうした状態で、悪質な医療機関や介護サービス事業者が、利潤追求の中でサービスレベルを低下させていっても、なかなか歯止めが効かない。選択の自由があるとしても、患者・要介護者の側からすると限界がある。

 この観点から考えると、「経営の自由度を高め、医療・介護を生産性の高い産業・ビジネスにしていく」ための制度変更に合わせて、同時に、「サービス品質を担保し、利潤追求によってサービスを受ける側が不利益を被ることがないようにする」仕組みを構築することが不可欠だと思える。これが、「二兎を追う」という意味である。

 この「二兎を追う」戦略。これを具体化していくには、ビッグデータを含む「データの蓄積・活用」が必要になってくる。

 例えば、サービス品質の担保。これも以前ご紹介したが、北欧を中心に先進国では「どのように診断され、どういう治療が行われ、その結果、どう治癒したか」というデータを蓄積、それを医師間のベストプラクティス共有に用いるという流れが定着してきている。

 典型的な例でよく挙げられるのが、スウェーデンでの小児急性リンパ性白血病の事例。患者の状況と投薬のタイミング、量などのデータを蓄積し、治療方法による治癒レベルのばらつきを減らし、効果の高い治療方法に収斂させていく、ということが行われた。この結果、5年生存率が5%から89%にまで劇的な向上を見せた。

 実に数多くの命が救われたわけだが、この間、新薬は登場していない。既存の薬の組み合わせ、タイミング、投与量が改善され、治療プロトコルが標準化されただけなのだ。

どんなデータを蓄積し活用するかという視点も重要

 日本でも、外科学会を中心に、診断データ・手術データの蓄積が始まった。NCD(National Clinical Database)と呼ばれるこの取り組みを、国として支援し、品質担保のためのデータ蓄積・活用を拡大・促進していく価値は大きいはずだ。

 具体的には、個人情報保護とデータの十分な活用を可能とするルール化、法制化。データベース運営への財政支援などが、その第一歩となろう。

 介護の分野も同様である。どういう場合に、どんなリハビリをしたら、症状が改善したか、などなど、データを蓄積し、活用していく余地は非常に大きい。

 医療・介護の分野でのIT利活用促進、というのも、一種流行りの議論で、パーソナルヘルスレコード、いわゆるどこでもマイ病院構想から、ゲノム情報を利用したパーソナラナイズドメディシン(個人別にカスタマイズした投薬や治療)まで、様々な議論がなされている。

 最近になって、米国を中心に、スマートフォンを活用して、睡眠状況から脈や血圧まで、様々な生体情報をクラウドに蓄積。自分で自分の状態をモニタリングするとともに、保険や治療にも役立てるという動きも出ている。

 現在のヘルスケア関連の情報システムのあり方には、無駄も多いし、薬の薬効や副作用も、ゲノムタイプによって異なることもあるので、こういった「個別化」×「情報共有化」の動きは歓迎すべきであろう。

 しかしこれにとどまらず、「二律背反」を防ぎ、二兎を追って、日本の医療・介護の生産性とサービスの両方を高めるために、どんなデータをどう蓄積し、誰がどう活用していくか。この議論も忘れずに、進めていかねばならないと考えている。

 

2013年12月16日
日経ビジネス

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20131211/256953/?P=1