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ニュース: 【世界に挑む 日の丸医療】新たな息吹(下)種まいた“ケンカ太郎”
2013-11-05
◆30年前から
感染症、自然災害、貧困、食糧危機、国境を越える環境汚染など、21世紀の世界にはいくつもの地球規模の課題が横たわる。その多くは医療問題に直結するが、さまざまな学問分野の知見を結集しなければ解決し得ない。
国際医療の最前線に立つ医師たちは「グローバルヘルス(国際保健)をリードする人材育成こそ、いま最も日本に求められていることだ」と口をそろえる。
実は30年前から日本の医師が、21世紀型の国際医療貢献モデルを模索し、実現に努力してきたのはあまり知られていない。
「感染症、自然災害など各国は医療問題に対し常に国際的視点から解決を探っていかねばならない。『武見国際保健プログラム』という、高い貢献度をもつ講座をバネとして、大いに飛躍していただきたい」
10月11日、米ボストンのハーバード大学には「武見プログラム」30周年記念式典でスピーチする横倉義武日本医師会(日医)会長の姿があった。
日医が同大公衆衛生大学院にプログラムを設立したのは1983年。その名を冠していることで分かるように、四半世紀にわたり日医会長の座にあった故武見太郎氏が設けたものだ。発展途上国を中心に世界中から経験豊富な研究者を集め、学費支援を含め国際医療人材を育てようとしたのである。
プログラムの意義について、武見氏は「世界中の政府、大学などから現在と将来の保健専門家と学者を招集し研究に参加させる。これは世界中の保健管理の向上に寄与する」と説明している。健康改善のために限られた資源をいかに動員、配分、維持するかを主テーマに学際的研究を行う武見プログラムは“時代の要請”を先取りしていた。
◆多分野の観点
武見氏といえば、開業医の利益確保に邁進(まいしん)したとのイメージばかりが先行し、“ケンカ太郎”とも呼ばれたが、その目は、未来にも向けられていたのだ。
プログラム設立当初から指導に当たってきた同大公衆衛生大学院のマイケル・ライシュ教授は「単に医学だけではなく、社会学、経済学、政治学などあらゆる観点からの分析があって健康状態をよくすることができるというのが武見先生の考え方だ」と解説する。
武見プログラムには週に1度、意見を戦わせるセミナーがある。「ただ留学して学位を取るのではなく、研究の仕方、まとめ方、視点が勉強になるユニークなプログラムだった」。かつて武見プログラムの研究員(フェロー)に選ばれた国立国際医療研究センターの三好知明課長が振り返る。
同じく大阪大大学院の中村安秀教授は、日本ではあまり知られていない武見プログラムが、米国では有名で、尊敬の対象となっていたことに驚いた。「経験を積んだ人が自分を再度磨くことができる。違う国の人と同じ釜の飯を食い、国によって考え方もバックグラウンドも違うが、同級生としてフランクに意見を言い合う経験は貴重だった」と、その特長を説明する。
世界最高峰の研究環境に身を置くことで、意識も変わる。東京大大学院の神馬征峰教授は、2001年に武見フェローとして、自身のネパールでの母子保健プロジェクトをまとめた。
◆51カ国242人
日医の国際部門を担当する石井正三常任理事は、今後の武見プログラムについて、「アジア諸国も少子高齢化傾向が見えており、日本の経験を教えることが非常に役立つ。武見フェローのようなスペシャリストが築き上げてきたものを、日本政府がバックアップする。武見プログラムがいよいよ役立つ時期が来たと思っている」と話す。
残念ながら、武見氏は初代のフェローがボストンに到着する前に他界した。だが、これまでにフェローは51カ国242人を輩出し、母国で保健大臣や保健省の事務部門トップ、大学長といったポストに上り詰めた人も少なくない。そのネットワークは国際医療の現場で存在感を発揮している。
“先行モデル”として「日の丸医療」の国際評価を高めてきた日医の武見プログラム。国際医療の重要性がさほど理解されなかった30年前に“ケンカ太郎”が見た夢に、「時代」がようやく追いついてきた。=最終部おわり
msn 2013.11.5
http://sankei.jp.msn.com/life/news/131105/trd13110508500007-n1.htm