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ニュース: 三井物産が900億かけて医療を輸出するワケ 狙う10兆円市場 「メディカルツーリズム」の全貌


2013-11-14
医療財源の圧迫を背景に脱ドメスティックを迫られる医療業界と、脱資源エネルギー依存を図りたい総合商社の思惑が、東南アジアを舞台にしてかみ合い始めている。
 日本に限らず、アジアは高齢化が進行中。世界全体で現在約5億人の高齢者は、2030年ごろには約10億人に倍増。そのうち約6億人は中国、インドを中心とするアジア人が占めるといわれている。
 こうした人口統計的なトレンドに先手を打つべく、三井物産がアジア最大手病院グループ IHH社へ900億円の出資参画を行い、9月には日本の医療技術を提供する専門クリニックを開設した。
 巨額の投資を通じて、同社は何をしようとしているのか、そしてそのうまみはどこにあるのか。同事業のトップから現場レベルに至るまで取材を重ねると、その全貌が見えてきた。 
(画像01)シンガポール・ノビナで行われた新クリニックの開所式

日本の医療業界が迫られる「脱ドメスティック」

(画像02)生体肝移植・肝臓疾患専門のクリニック Sing-Kobe Liver Transplant Centre

9月26日、シンガポール・ノビナにあるMount Elizabeth Novena Hospitalで、ある専門クリニックの開所式が開催された。神戸国際フロンティアメディカルサポート(以下、IFMS)と、三井物産が100%出資するMedicro Partnersが共同で開設した生体肝移植・肝臓疾患専門のクリニックだ。

IFMSは生体肝移植の世界的権威である田中紘一・京都大名誉教授が理事を務める一般社団法人。同氏の指導を受けた日本人専門医がシンガポールに常駐し、年間20~30件の生体肝移植手術を実施するほか、移植技術やノウハウの共有、医師の指導、教育などを行う。

シンガポールの医療技術のレベルは日本と遜色ないほど発達している。しかし、「(東南アジア)周辺諸国と比べると日本のほうが進んでいる分野はまだまだある」と田中氏は言う。一例が、肝機能を検査するために必要な血液のスクリーニング。その精度は日本のそれよりも劣るため、遺伝やウイルス感染による異常の発見が遅れるリスクがある。

日本の医療業界にとっても、シンガポールをハブに技術提供を行うことで、それが新たな収益源となり、また周辺国との交流も生まれることなどが期待できる。だが、これまで日本の医療業界は海外に技術を輸出することを躊躇してきたため、このような展開は難しかったという。なぜか。

生体肝移植の世界的権威である田中紘一・京都大名誉教授

「『医は仁である』という価値観の中で、海外と国内を医師が行ったり来たりすれば、自分たちの資源がなくなる。また、医師が国民皆保険以外の制度を海外で知ってしまえば、異なるシステムが生まれてしまう。そう思われてきました」(田中氏)。技術や人材の流出、長寿国日本を支えてきた社会インフラの変容をおそれていたのだ。

しかし、そうも言ってはいられなくなった。病気やケガで医療機関を受診した場合、患者が医療費の3割を負担し、残りは医療保険で賄われる国民皆保険制度。それを支える財源が、高齢化に伴い肥大する医療費に圧迫され(厚生労働省によると2011年度で38.6兆円)、次世代に引き継げるかが喫緊の課題となっている。

こうして、脱ドメスティックを迫られることになった医療業界が、新たな収益源確保を求めて目指した先のひとつが東南アジア。その進出をサポートするのが、すでに東南アジアで医療事業を行っていた三井物産だ。「アジアの高度医療における需要供給ギャップを埋めたい」と、コンシューマーサービス事業本部長で常務執行役員の田中聡氏は開所式でこう語った。

総合商社の「これからの付加価値」は何か

三井物産と医療分野のかかわりは長きにわたる。医薬品や医療機器などのサプライヤー事業に数十年携わり、今ではマレーシアの国策投資会社が保有するアジア最大手病院グループIHH社へ900億円の出資参画を通じて、病院の運営などサービスを自ら提供する側に移行している。こうした経緯が前出の新クリニックの開設に生かされた。

Mount Elizabeth Novena Hospital

同社が自ら医療サービスを提供する側に移行した背景には、「商社が行う『アービトラージ』がもたらす付加価値が(以前に比べると)出にくくなってきたから」だと、アジア・大洋州三井物産のメディカルヘルスケア事業室室長の櫻井敏治氏は分析する。

アービトラージとは、取引する2者間の差、特に商社の場合は情報ギャップを生かして利益を生むこと。たとえば20〜30年前であれば、日本の会社がブラジルにおける超音波診断装置の売値が知りたくても、その手段がなかった。だから、現地にいる商社の駐在員がブラジルの病院に行って話を聞いてくる。そうすることで日本の会社は貴重な情報を、商社は仲介料を得ることができた。

だが、そんな時代は終わった。インターネットの普及に加えて、ビジネスレベルで英語を話せる人材も当時に比べれば10倍ほどに増えた(櫻井氏談)。日本と海外の会社が直接の取引を行いやすくなったことで、商社が提供する付加価値を再考する必要が生じたのだ。

アジア・大洋州三井物産 メディカルヘルスケア事業室 室長の櫻井敏治氏

一方、同社が医療分野に注力する背景にはもうひとつ、脱資源エネルギー依存がある。同社に限らず総合商社は「資源商社」と揶揄されるように、その収益の大部分を資源エネルギーが占めるものの、マーケットのボラティリティ(変動性)は新興国の台頭などにより増し、収益源としては不安定だ。

こうした背景から、総合商社は新たな付加価値を非資源の分野で開拓する必要に迫られた。そのタイミングと重なるようにKIFMECの田中医師との出会いがあった。

狙うは13兆円の「メディカルツーリズム」市場

脱ドメスティックを迫られる医療業界と、脱資源エネルギー依存を図りたい総合商社、その両者が東南アジアの医療事業で狙うのが「メディカルツーリズム」市場だ。

メディカルツーリズムとは、医療サービスを受けるために居住国とは異なる海外の国や地域を訪れること。日本のような先進国では、タイで安価な美容整形手術を受けるようなケースしか想像できないかもしれない。ところが、日本以外の国では美容整形に限らず、先進的な医療サービスを受けるために海外に渡航する富裕層が増加しているのだ。

アジア主要国におけるメディカルツーリズム市場は、2012年度が約10兆円規模、三井物産はこれが2015年度には約13兆円規模にまで拡大すると見込んでいる。ターゲットは、中国やインド、ベトナム、インドネシアなど、マレーシアやシンガポールから飛行機で8時間圏内にある国からの患者だ。

この市場の成長性への期待は、人口統計的にもうなずける。日本に限らず、アジアは高齢化が進展しており、同社の推計では、世界全体で現在約5億人の高齢者(65歳以上)は、2030年頃には約10億人に倍増。そのうち約6億人は中国、インドを中心とするアジア人が占めるという。

さらに、2030年には世界の人口80億人のうち約6割に相当する約50億人が、アジアに集中するとの試算もある。東南アジアには巨大な金脈が潜んでいる。

市場の爆発力を牽引するのが、アジア各国における富裕層(世帯年間可処分所得3万5000ドル以上)の増加だ。2020年には中国がその数で日本を大きく抜き、インドも日本の半数を超えると予測。また、ライフスタイルの変化に伴い、感染症などの急性疾患から、より成人病などの継続的な治療を必要とする慢性疾患へと、先進国同様の傾向を示すようになってきている。

こうした市場の将来性を見込んで、同社はアジアをはじめ世界中に病院を展開するIHH社に出資参画しているのだ。

1泊70万円の「ホスピタリティ」で富裕層を誘致

これほど成長の見込める市場であれば、ほかの商社がこぞって参入していてもおかしくないように思えるが、実はそうもいかない「2つの事情」がある。

ひとつは「パートナー」。櫻井氏いわく、この分野は非常にプレーヤーが限られており、IHH社のように病院を世界展開している有力なパートナーはほかに少ないという。

もうひとつは、「レピュテーションリスク」。患者の命を預かる医療事業で万が一のことがあれば、あくまで出資参画、医療行為そのものには携わっていないとしても、それにかかわる会社としての評判に傷がつくおそれがある。三井物産はこのリスクと収益性、社会的な意義を衡量し、参入するという判断を下した。

アジアの富裕層である患者を呼び込むために、同社が運営に携わる前出のMount Elizabeth Novena Hospitalは、「ホスピタリティ」の向上に努めている。たとえば、海外からの患者がチャンギ国際空港に到着すると、病院までリムジンによる送迎サービスを行っている。病院に入ればBell Captainと呼ばれるコンシェルジュが声をかけ、患者の荷物を運び、食の面ではプロの料理人を雇い、レストラン並みの食事を提供する。

さらに、同病院の入院棟は全室個室。要人などVIPが訪れる際には特にプライバシーを守るため、専用の導線で移動。入院する患者の家族が泊まるためのベッドルーム、シャワー付きの部屋や、中には1泊当たり8440シンガポールドル(日本円にしておよそ70万円)のスイートルームもあり、ホテル並みのサービスを実現した。

こうしたサービスの質向上以外にも、IHH社が2012年1月にトルコ最大規模の民間病院グループであるAcibadem社の株式を60%取得し、中東地域へ進出。2012年7月には、マレーシアおよびシンガポール証券取引所に上場し、これから5年間で新たに3300床を増加する計画を立案。今後、中国やインドにも進出をもくろむなど、アジア全体を取り込むための事業拡大は続々と進行中だ。

ホテルの一室のような雰囲気

そして病院の運営の周辺には、冒頭のような専門クリニックの開設、検診事業、病院給食、臨床検査センター、高齢者向け住宅など、多岐にわたるビジネスチャンスが眠っている。

バジェットエアラインなど交通インフラが高度化し、またインターネットが普及したことで、アジアという地域は地理的、そして心理的に狭くなりつつある。このことが、域内での人の行き来、交流を促進している。そしてこれから成熟していくアジアに、日本が貢献できることは少なくないはずだ。日本の医療業界が培ってきたハイレベルな技術はその代表格だろう。

田中医師率いるKIFMECと三井物産は、自らの門戸を開いた。これから、この地域とそこで暮らす人々を理解し、自分たちの技術をビジネスとしてアジアに輸出できるのか。彼らの後に続く、日本の技術者とビジネスパーソンにとって、この一大事業は重要な試金石となるだろう。

事業運営の現場でリーダー的な役割を果たすマネージャーの三原朝子氏(左)と薬剤師の資格も持ちながら事業に携わる武井綾子氏 (右)中央は前出の櫻井氏

 

東洋経済新報社 2013年11月14日

http://toyokeizai.net/articles/-/23787